語りえぬものについては、沈黙せねばならない
「論理哲学論考」を以下、「論考」と省略して呼ぶことにします。
ウィトゲンシュタインはこの本を書いたのは29歳のときです。
私より少し年上です。
29歳のウィトゲンシュタインが目指したのは、あらゆる哲学問題を解決することでした。そして、これにたいしてこう述べています。
「本書に表された思想が真理であることは侵しがたく決定的であると思われる。」
すごい自信ですね。本人は20年後くらいの著書のなかで、「論考」は間違っていた。と言って新たな本を書いているのですが、この気持ちは次の本の中にも受け継がれているように思えます。
また、「論考」のすべてが誤っているわけではなく、その誤りに気づいて、次の著書「哲学的探求」で示されたことを理解することがウィトゲンシュタイン哲学を理解したことになると思います。
では、「論考」はどうやってすべての哲学問題を解決に導いたのか。
すべての問題の解決とは、ある意味「悟り」の境地です。
ウィトゲンシュタインは思考の限界について考えました。
「人はどれだけのことを考えられるか」
ここで野矢さんは、「論考」全体はきわめて単純な光に貫かれている。 と書いています。
しかしここではその単純な光を提示してはいません。
あえて言うなら、上記の問いの答えを導く過程が光であるというような書き方。
人がどれだけのことを考えられるか の答えが出てしまったら、それは悲しいことなのかもしれない。今まで考えていた哲学問題は実は思考不可能なことだった で片付けられてしまうかもしれないからです。
ちなみに哲学問題とは、「人生の意味とはなにか」「なぜ私たちは存在しているのか」「私たちは何を目指すべきなのか」「倫理とはなにか」みたいな感じだと思っております。
こういう問題が実は思考の限界を超えたものに対する問いだから、どんなに考えても無意味である、答えはでないものなのだ という解決策を提示するのです。こんな悲しいことはありません。
この点に関してウィトゲンシュタインの考えを支持できるかどうか迷っています。その証明が完璧なものであれば受け入れざるをえないでしょう。
しかし、ウィトゲンシュタインが「論考」の考えを一部否定しているのはある意味救いであります。
ホーキングの最新の著書「ホーキング、宇宙のすべてを語る」の最終章で、ホーキングはこう述べています。
これまでほとんどの科学者は、宇宙が投げかける疑問を説明する新たな理論を作り上げることに専念しすぎてしまいました。~中略~その結果、科学は哲学者にとって、そして一部の専門家を除いて誰にとっても、あまりにも技術的で数学的になりました。哲学者は彼らの探求範囲を減らしてしまい、二十世紀において最も有名な哲学者であるウィトゲンシュタインは「哲学者にとって唯一残された仕事は言語の分析である」と述べています。アリストテレスからカントまでの哲学の偉大な伝統からの、何という落ちぶれぶりでしょう!
私はホーキングのこの考え方を支持します。哲学者は科学を理解してその内容において議論しなくてはなりません。言語の殻に閉じこもるべきではないのです。
一方で29歳のウィトゲンシュタインは悟ったわけです。その悟りも理解しないわけにはいきません。「論考」を理解してそれの超えた先にホーキングの夢の回答を語れる何かがあるように思えます。
話を元にもどしましょう。
「人はどれだけのことを考えられるか」に答えをだすことが「論考」の目的です。
「論考」からの引用をします
本書は思考に対して限界を引く。いや、むしろ、思考に対してではなく、思考されたことの表現に対してと言うべきだろう。というのも、思考に限界を引くにはわれわれはその限界の両側を思考できねばならない(それゆえ思考不可能なことを思考できるのでなければならない)からである。したがって限界は言語においてのみ引かれうる。そして限界の向こう側は、ただナンセンスなのです。
思考不可能なことを考えることができない というのは良いです。
言語の限界なら考えることができる。 というのもまあ良いです。
思考の限界と言語の限界が一致するというのはいささか疑問です。後々の章で、ウィトゲンシュタインはこれが一致すると明言するのでそれに期待するとしましょう。
「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、ひとは沈黙せねばならない。」
という言葉の最後に「ひとは沈黙せねばならない」と命令形であります。これは哲学的に語りえないことだから沈黙するしかない ということを言っているだけではなく、語りえず、ただ示されるだけのものもあるという意味だそうです。
語ることはできないけれど、沈黙のうちにこそ受け入れなくてはならないものがある。ウィトゲンシュタインはそれは、「論理」と「倫理」であると言う。これについても次以降の章で詳しく説明されるでしょう。
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